
旅と動物の記録 02 / SADO, 03 AUGUST 2026
訪れた場所|新潟県・佐渡島

佐渡島(さどがしま)は、新潟県の沖合、日本海に浮かぶ島です。大佐渡と小佐渡の山地の間に国中平野が広がり、米づくりが営まれています。トキの保護や繁殖、野生復帰に向けた取り組みが続く島でもあります。
地域紹介の参考:佐渡の概要 / 佐渡トキ保護センター
PROLOGUE
「絶滅した」と聞いた鳥に、会いに行く。
トキは絶滅した。そんな話を、どこかで小耳に挟んだことがあった。けれど、今は島の風景の中で暮らしているという。本当に会えるのだろうか。半信半疑のまま船に乗り、佐渡へ渡った。
探すのは、展示の中の一羽ではない。田んぼや木々の間で、今日を過ごしているトキ。その姿を、自分の目で確かめたかった。
写真・文 徳留佑樹|獣医師・フォトグラファー
撮影 2026年8月3日/新潟県・佐渡島
SCENE 01
トキのテラスへ。まだ、会えない。
佐渡で、トキのテラスを訪ねた。入口には、翼を広げたトキの像と施設の名前。ここからなら見つかるだろうか。

観察室の窓の向こうには、田んぼと山並みが広がっていた。トキを探して周囲を見渡す。鳥はいる。サギなど、別の鳥の姿も見える。けれど、探しているトキは見つからない。

白い鳥がいる、と目を止めては姿を確かめる。白さだけでは、答えにならなかった。名前を知っていることと、広い風景の中から一羽を見つけることは、ずいぶん違う。
SCENE 02
探す場所を、変えてみる。
テラスで見つからなかったからといって、島にいないわけではない。ほかの場所からも周囲を観察し、探す範囲を変えていく。船で渡れば会えるのか。その答えは、まだ風景の中に隠れていた。
鳥がいるかどうかだけでなく、どんな姿をしているか。広く見渡す視線から、遠くの輪郭を確かめる視線へ。高い位置から、800mmで風景をたどってみることにした。
SCENE 03
800mmの先に、白い点。
レンズを通して、周囲を少しずつスキャンする。風景の中に、白い点が見つかった。まだ、点だけでは鳥の名前は分からない。その姿を確かめていく。
白い点が、鳥の形になる。さらに輪郭を追っていくと、トキだと認識できた。いくつもの場所から探した先に、探していた鳥はいた。半信半疑で渡ってきた島が、トキの暮らす島として目の前に現れた。


SCENE 04
白い点に、顔があった。
枝にとまる姿では、顔の赤と長いくちばしが見える。飛ぶと、シルエットもほかの鳥とは違って見えた。白い鳥、という大まかな見方から、トキの身体を見分ける見方へ変わっていく。
写真とテラスの展示を見返すと、その違いが言葉になる。トキは首を伸ばして飛び、脚は尾羽からほとんど出ない。ダイサギなどのサギ類は首を折りたたみ、長い脚が尾羽の先へ伸びる。空を横切る輪郭にも、鳥の名前を探す手がかりがあった。[環境省・飛翔の見分け方]
この日の観察では、合計6羽を確認できた。枝にとまる姿、水際に立つ姿、空を横切る姿。場面ごとに、トキのいる風景が増えていった。

白い点を見つけた先に、トキの暮らしがあった。
DISCOVERY
翼を開くと、もう一つの色が見えた。
枝にいると白く見えた羽が、翼を開くと淡い桃色を帯びる。止まっているときと飛んでいるときで、同じ鳥の印象が変わる。写真を見返すと、身体の向きによって現れる色が違うことがよく分かる。
トキに会えた、で終わらせるには、目の前の身体が面白すぎた。なぜこの色なのか。田んぼの鳥が、なぜ木にもいるのか。そして「絶滅した」という記憶と、今日の6羽は、どうつながるのか。

A VETERINARIAN’S FIELD GUIDE / 02
【トキ学】
出会いのあとに見えてきた、身体と暮らし。島で拾った疑問を、科学でほどく。佐渡のトキを、十の問いから。
CRESTED IBIS / Nipponia nippon

01 / BODY & FOOD
身体を知ると、鳥の見え方が変わる。
白い鳥から、どう見分ける?
顔の赤い裸出部、長く下へ曲がる黒いくちばし、後頭部の冠羽。色だけでなく、複数の特徴を組み合わせる。全長は約75cm、翼を広げると約140cm。遠くでは小さな点でも、翼を開けば大きな身体だ。[新潟県・形態]
飛翔中は、首と脚の位置関係が大きな手がかりになる。トキは首を前へ伸ばし、脚は尾羽からほとんど突き出さない。ダイサギなどのサギ類は長い首を折りたたみ、脚が尾羽より長く後ろへ出る。湾曲したくちばしも合わせて確かめると、白い鳥を色だけで判断せずにすむ。[環境省・トキとサギの飛び方]
これは通常の飛翔姿勢を見比べるための目安。離陸や着地の瞬間、見る角度によって脚の見え方は変わるため、一つの特徴だけで決めず、首・脚・くちばしを合わせて観察したい。

田んぼで、お米を食べている?
主な食べ物はドジョウ、カエル、貝類、昆虫などの小動物。田んぼは食卓だが、稲そのものを食べる鳥ではない。長いくちばしは、浅い水や泥の中の餌を探す身体の一部として見ると分かりやすい。水際に立つ写真だけでは、何を捕らえたかまでは確定できない。[新潟県・食性]
朱鷺色は、いつ見える?
翼や尾羽の裏側には淡い橙赤色がある。止まっていると隠れがちな面が、羽ばたきや着地で開く。「白い鳥」という印象が変わる瞬間だ。ただし写真の色は、光の方向や露出、ホワイトバランスでも変わる。一枚の色味から、羽の色素量や健康状態は読み取れない。[新潟県・羽の色]

繁殖期の灰色は、羽が生え替わった色?
ここがトキの身体の面白いところ。白い羽が繁殖期に灰黒色になる主な仕組みは、換羽ではなく「化粧色」。頭から首の特定の皮膚で生じた黒い物質を、水浴びのあとに身体へこすりつけ、羽を染める。皮膚、羽、そして行動が一組になって色をつくる。内田の研究は、羽の試料、組織観察、生きた鳥の行動からこの仕組みを検討した。[内田, 1970]
灰色から白へ戻る過程には、繁殖後の換羽も関わる。白く見えることだけを根拠に、若鳥、繁殖しなかった個体、あるいは病気の個体だと決めつけることはできない。季節と履歴を合わせて読む必要がある。[同論文]
頭・首の特定部位で黒い物質が生じる
水浴びのあと、頭を身体にこすりつける
黒い物質が付着し、繁殖期の灰黒色になる
02 / LIFE & REPRODUCTION
食べる場所から、次の世代へ。
田んぼ、水辺、木。どこがトキの家?
一つの場所だけでは、暮らしは完結しない。水田や水路などは採餌の場所になり、木々は営巣や休息の場所になる。鳥類の水田利用を整理した総説でも、水田と森林・草地などの多様な環境の組み合わせが重視されている。今回の写真に写る田んぼ、林、水際は、そのつながりを考える入口だ。[片山ほか, 2021] [環境省・暮らし]

一緒にいた3羽は、家族?
群れでいることと、血縁があることは別の話。非繁殖期には集団で行動するが、一緒の枝にいたというだけで親子やつがいとは言えない。雌雄も外見だけでは区別しにくい。個体の標識や長期の観察履歴があって、初めて関係が確かになる。[新潟県・形態と生活]
繁殖では雌雄が交代で卵を温める。獣医師が繁殖を評価するときには、産卵の有無だけでなく、ふ化、育雛、その後の生存まで経過として見る必要がある。羽の白さや身体の大きさだけで、繁殖成績を判断しない。[新潟県・繁殖]
03 / RETURN & CONSERVATION
戻ってきた鳥が、この島で生きるために。
「絶滅したトキ」と、今日の6羽は矛盾しない?
区別したいのは、日本の野生から姿を消したこと、日本由来の最後の個体が死んだこと、種全体が絶滅すること。1981年には国内の野生に残っていた5羽が保護され、2003年には日本由来の最後のトキ「キン」が死亡した。一方、中国で残ったトキを起点に国内で繁殖が進み、2008年から佐渡で放鳥が始まった。[環境省・経緯] [佐渡市・歴史]
現在の環境省第5次レッドリスト(2026年3月公表)では、国内のトキは絶滅危惧ⅠB類(EN)。姿を再び見られることと、保全が不要になることは同じではない。[環境省・最新評価]
国内の野生に残った5羽を保護
日本由来の最後の個体「キン」が死亡
飼育下繁殖を経て佐渡で放鳥開始
健康なら、すぐ野生へ放せる?
放鳥には、飛ぶ力、自分で餌を取る力、健康状態、遺伝的な構成など、複数の判断が必要になる。環境省の順化訓練の記録には、飛翔・採餌能力を身につける訓練と、遺伝的多様性を考慮した個体選定が記されている。2023年の第28回放鳥に向けた訓練では、足のけがが認められた個体が訓練対象から外された。[環境省・順化訓練]
治療して傷が閉じた、という一点だけでは、野外で暮らせるかは分からない。歩く、枝をつかむ、飛ぶ、採餌する。その身体を実際の生活で使えるか、という視点が加わる。今回の写真で飛んでいるからといって、全身の健康を診断できるわけでもない。
数が増えれば、遺伝の問題も解決する?
今の国内飼育集団の起点は、中国から供与された7羽。子孫が増えても、起点にあった遺伝的な幅が自動的に増えるわけではない。2025年の血統解析研究では、2004〜2021年の飼育集団に改善傾向が見られた一方、さらに多様性を高める努力が必要とされた。これは野外の6羽の健康を判定した研究ではなく、飼育集団全体の血統をたどった研究だ。[国内飼育集団の血統解析, 2025]
組み合わせを考えて繁殖させることと、一つの場所にすべてを集めないこと。長岡でも行われる分散飼育は、鳥インフルエンザなどで一度に失うリスクを分ける取り組みだ。診療、繁殖、感染症への備えは、野生復帰を支える連続した仕事になる。[長岡市・分散飼育]
トキの食卓を、誰が支えている?
鳥に餌があるかどうかは、田んぼや水路の管理とつながる。水田の保全を扱う総説では、有機栽培、冬期湛水、水を残す溝や魚道などの工夫が検討されている。ただし、どの方法も場所や季節の条件を見ずに同じ効果が出るとは限らない。[片山ほか, 2021]
農家への聞き取りを含む研究は、トキと暮らす米づくりへの期待と、生産・所得面の課題の両方を報告している。田んぼを守る人の暮らしも、保全の一部だ。鳥だけを風景から切り抜かず、その食卓を維持する仕事にも目を向けたい。[水野, 2013]

EPILOGUE
見つけた6羽の、その先へ。
船で渡る前には、会えるかどうかも半信半疑だった。テラスから探しても見つからず、高い位置から800mmでたどった先に、白い点があった。
あの点は、図鑑の中の名前でも、過去のニュースの記憶でもなかった。木にとまり、水辺に立ち、翼を広げる身体だった。6羽との出会いを振り返ると、戻ってきたのは鳥の姿だけではないと考えたくなる。鳥が食べ、休み、次の世代を育てていける風景も、これから守り続ける必要がある。
