
旅と動物の記録 03 / GRAND CANYON, 24 SEPTEMBER 2026
訪れた場所|アメリカ・グランドキャニオン

アメリカ南西部、アリゾナ州に広がるグランドキャニオン。コロラド川と侵食が刻んだ深い峡谷には、幾重もの岩壁が連なります。国立公園は峡谷と周辺の高地を含み、南縁と北縁から異なる眺めを見せます。壮大な風景の中に、鳥が止まる岩や木があり、空を渡る翼があります。
地域紹介の参考:NPS|Grand Canyon National Park
PROLOGUE
崖のどこかに、いるはずだった。
探していたのは、カリフォルニアコンドルだった。崖に止まっていることがあるという情報を手がかりに、岩肌の中に黒い影を探した。大きな景色を眺める旅が、一羽の鳥を探す時間に変わっていく。
見つけたいのは、風景の中の小さな違い。けれど、黒いものを見つけるだけでは、その鳥にはたどり着けなかった。
写真・文 徳留佑樹|獣医師・フォトグラファー

SCENE 01
いた、と思う。また、カラスだった。
崖を見渡しても、目当ての姿は見つからない。あそこにいるのでは、と黒い影を確かめる。けれど、見つかるのはカラスばかりだった。
黒い、という色は頼りになりそうで、決め手にはならない。同じ色をした鳥の中から、探している一羽をどう見分ければいいのだろう。
CLUE 01
黒さだけでは、鳥の名前は分からない。


SCENE 02
違いは、空を滑る姿にあった。
黒い個体が、空を滑っていた。それまで見ていたカラスとは、滑空の仕方が明らかに違う。止まった影を探していた視線が、動く輪郭へ向かった。
その鳥を追うと、崖に止まり、羽を広げていた。遠くの黒い影に、ようやく姿と動きが重なった。
CLUE 02
色から、飛び方へ。見る手がかりを変える。
SCENE 03
次の飛翔を、待つ。
見つけたからといって、すぐに近くで見られるわけではない。再び飛び立つのを待ち続けた。
写真には、岩と木々を背にした止まり姿も残っている。黒く見えた羽には褐色が混じり、小さな頭には赤い色がある。ひとつの影だった鳥が、少しずつ細部を持ちはじめる。

DISCOVERY
近づいた翼に、白が見えた。
待っていた鳥が、再び飛び立った。そして、近くまで飛んできた。翼の内側に白が見える。飛び方も、カラスとは違っていた。
出会ったのは、ヒメコンドルだった。探していたカリフォルニアコンドルは、今回は見つけられなかった。それでも、待った先で近くを飛んでくれた一羽の姿が、この旅の記録に残った。
写真は、鳥だけでなくグランドキャニオンも一緒に入る構図で撮影した。翼の向こうには、峡谷の岩壁が重なる。

FIELD DEBRIEF
飛び方の違いから、身体の仕組みへ。
翼を広げた姿には、どういう意味があったのか。大きな身体で、どうやって空を滑るのか。名前が分かったところから、その鳥の暮らしをもう少し知りたくなる。
A VETERINARIAN’S FIELD GUIDE / 03
【ヒメコンドル学】
出会った姿を、身体の仕組みから読み直す。飛翔、嗅覚、死肉食と保全を、八つの問いから。
TURKEY VULTURE / Cathartes aura

翼を広げると170〜178cm。小さな赤い頭が成鳥の手がかり。
前縁側が暗く、後縁側の風切羽が銀灰色に見える。
目だけでなく、匂いも餌探しの手がかりになる。
出典:Cornell Lab|識別・大きさ / 食性・行動
01 / BODY & LIFE
身体を知ると、飛び方の違いが見えてくる。
黒い鳥の、どこを見る?
成鳥の手がかりは、小さな赤い裸出した頭、淡い色の嘴、黒く見える暗褐色の羽。飛ぶと、翼の前縁側は暗く、後縁側の風切羽が銀灰色に見える。近くで気づいた『白』は、この二色の翼を読み解く手がかりになる。光の角度で見え方は変わるため、頭・翼・飛び方を組み合わせて確かめたい。
カリフォルニアコンドルとは、どこが違う?
同じコンドル科の別種で、カリフォルニアコンドルのほうがずっと大きい。下から見ると、成鳥では翼の前縁側に白い部分があり、ヒメコンドルでは後縁側が銀灰色に見える。飛び方も、翼をほぼ水平に保つカリフォルニアコンドルに対し、ヒメコンドルは浅いV字で左右に揺れるのが特徴。次に探すときは、大きさだけでなく、白の位置と翼の傾きにも目を向けたい。

ヒメコンドル:約1.7m。優れた嗅覚が餌探しの強み。目でも死骸や他の鳥の動きを追う。
カリフォルニアコンドル:約2.8m。主に鋭い視覚で餌を探す。ほかの腐肉食動物が集まる場所も手がかりに。
出典:Cornell Lab ヒメコンドルの大きさ / カリフォルニアコンドルの大きさ / ヒメコンドルの餌探し / カリフォルニアコンドルの餌探し。 図の縮尺は丸めた翼開長1.7m・2.8mに基づきます。資料の値はそれぞれ170〜178cm・277cmです。
なぜ、あまり羽ばたかずに飛べる?
ヒメコンドルは上昇気流を利用して飛ぶ。正面から見ると翼を浅いV字に保ち、左右に揺れるような滑翔を見せる。カラスとの違いに気づいた体験は、色だけでは見分けにくい鳥を、動きから捉えた瞬間だった。ただし、この日に使っていた風の状態までは写真だけでは分からない。
止まって翼を広げるのは、なぜ?
翼を広げて静止する姿は、ヒメコンドルで知られる行動だ。体温調節や羽を乾かすことなどが関係すると考えられている。当日観察した『羽を広げていた』という事実と、『何のためだったか』という解釈は分けておきたい。気温や羽の濡れ具合を調べていないため、この個体の目的は断定できない。
02 / FOOD & ADAPTATION
匂いを読む力から、死肉を食べる身体へ。
見えない餌を、匂いで探せる?
ヒメコンドルは死肉を主な餌とし、その探索に嗅覚を使う。2017年の比較解剖研究では、匂いの情報処理に関わる嗅球がクロコンドルより発達していることが示された。空を飛ぶ鳥を目で追う私たちの下で、その鳥は目に見えない匂いの情報も読み取っている。これは種の能力の説明であり、今回の飛翔中に餌を探していたと断定するものではない。
死肉を食べる身体は、無菌なのか?
死肉食への適応を、『胃酸ですべての菌を消す』だけで説明することはできない。ヒメコンドルとクロコンドルを調べた研究では、顔と腸の細菌群集に違いがあり、腸では限られた細菌群が優占していた。微生物を排除する仕組みだけでなく、共存や耐性も考える必要がある。研究は身体の特性を示すもので、あらゆる病原体に無敵だと証明したわけではない。
03 / CONSERVATION
峡谷を渡る翼が、明日も飛ぶために。
強い身体にも、弱点はある?
死肉を食べられることと、毒物に耐えられることは別の話だ。ヒメコンドルも、餌の中に残った鉛弾の破片などを飲み込むと鉛の影響を受ける。獣医師の視点では、自然の食性に適応した身体へ、人の活動で新たな危険が入り込む問題として捉えたい。写真の個体が鉛に曝露していたことを示す情報はない。
旅人は、どう見守ればいい?
鳥を飛ばすために近づいたり、声や音で注意を引いたりせず、距離を保って待つ。餌を与えず、食べ残しやごみを残さない。観察場所のルールを確かめ、望遠レンズや双眼鏡を使う。弱った鳥を見つけた場合は自分で追い回して捕まえず、公園職員など現地の担当者へ知らせたい。出会いを残すことと、その鳥の日常を守ることを一緒に考える。
また、探しに来たい。
カリフォルニアコンドルには、今回は出会えなかった。けれど、崖の黒い影を探し、飛び方の違いに気づき、待ち続けた先でヒメコンドルが近くを飛んだ。翼の白と、空を滑る姿が記憶に残っている。次は、あの大きな翼にも出会えるだろうか。また、探しに来たい。

