
旅と動物の記録 01 / OKINAWA, 09 SEPTEMBER 2026
訪れた場所|沖縄県・国頭村

国頭村(くにがみそん)は、沖縄本島の最北端、「やんばる」と呼ばれる北部地域にある村です。面積の約84%を山林が占め、豊かな森は多様な生きものを育んでいます。東は太平洋、西は東シナ海に面しています。
地域紹介の参考:国頭村の概要 / やんばる世界遺産センター
PROLOGUE
今夜、探すのは鳥ではない。この鳥が眠る場所だ。
朝や夕方、地面を素早く動くヤンバルクイナには何度も会ってきた。けれど、日が落ちたあと、その姿は森のどこへ消えるのだろう。
目標は、野生の一羽が夜を過ごす場所を見つけること。雨のやんばるで、いつもの視線を地面から木の上へ移した。
写真・文 徳留佑樹|獣医師・フォトグラファー
SCENE 01
車の窓から、木々を読む。
まずは車で森の道を進み、木の上を探した。いつもなら道路脇や草地に目を凝らす。けれど今夜の視線は、そのさらに上。幹が分かれ、枝葉が重なる暗がりを、一か所ずつ確かめていく。
それらしい影は、いくつもある。だが、どれも鳥にはならない。雨粒が窓を流れ、森の輪郭だけが少しずつ夜に溶けていった。
CLUE 01
飛べない鳥が、なぜ木の上で眠るのか。
SCENE 02
見つからない。ならば、歩こう。
車を降りた。雨の音のなか、ライトを必要以上に向けないようにしながら、木を一本ずつ見上げて歩く。ここからは、鳥の姿ではなく、鳥が選びそうな場所を探す。
自分がクイナだったら、どんな木で眠りたいだろう。地面から登れそうで、身体を預けられる枝があり、周囲の気配を感じられる場所。人間の想像にすぎない。それでも、身体と行動を思い描くと、森の見え方が変わり始めた。
地面から登れそうか
身体を預けられる枝か
周囲を見渡せそうか
鳥を探す視線が、鳥の居場所を探す視線に変わった。
SCENE 03
雨の枝に、黒い輪郭があった。
幹と枝が重なるところに、森の影とは少し違う黒い輪郭があった。双眼鏡を向ける。赤いくちばし。目の後ろの白い線。胸の白黒の縞。枝に置かれた赤い脚。
雨粒をまとった輪郭が、知っている鳥の姿へ変わっていく。探していたヤンバルクイナだった。

DISCOVERY
木の上にいた。しかも、2羽。
雨のなか、木の上で夜を過ごしていたのは一羽ではなかった。近くに、もう一羽がいた。朝夕に地面を動き回る鳥の、これまで見たことのなかった時間に触れた。
珍しい場面を見つけた喜びだけではない。雨に濡れながら、そこに確かに生きている。「立派に生きている」。そのときの感動に、いちばん近い言葉だった。


FIELD DEBRIEF
発見は、次の問いの入口になる。
なぜ、ほとんど飛べない鳥が木に登れるのか。なぜ、地上で活動する鳥が夜は枝を選ぶのか。目の前の姿は答えであると同時に、新しい問いになった。
静止画だけで、睡眠の深さや健康状態まで判断することはできない。見えた事実と、そこから考えた仮説を分ける。そのうえで、身体、食べ方、脳、繁殖、保全へと視線を広げていく。

A VETERINARIAN’S FIELD GUIDE / 01
【ヤンバルクイナ学】
発見のあとに見えてきた、身体と暮らし。森で拾った疑問を、科学でほどく。やんばるの一羽を、十二の問いから。
OKINAWA RAIL / Hypotaenidia okinawae

イラスト:AI生成。撮影写真を形態の参考にした生態解説用の図版。
ツル目クイナ科。沖縄島北部を中心に暮らす固有種。
赤いくちばしと脚、目の後ろの白線、胸から腹の横縞。
オスがやや大きいが、今回の写真だけで性別は決めない。[1]
01 / BODY & LIFE
身体を知ると、森の見え方が変わる。
ヤンバルクイナは、どんな鳥?
世界のなかで、野生のヤンバルクイナが暮らすのは沖縄島。中心となるのは北部の「やんばる」だ。ツル目クイナ科、全長約35cm。赤いくちばしと脚、目の後ろから伸びる白い線、胸から腹の白黒の横縞が目印になる。雌雄は似た色をしていて、オスのほうがやや大きい。展示では体重350〜500gを目安として紹介している。[1][12]
1981年に新種として記載されたが、その年に島へ現れた鳥ではない。地域では以前から知られていた存在が、科学の名前を得たということだ。「発見」という言葉を読むときには、誰にとっての発見だったのかも考えておきたい。[3]
名前の読み方|本稿では学名を Hypotaenidia okinawae と表記する。古い研究や展示にある Gallirallus okinawae も、この鳥を指す。属の扱いが異なるためで、別種の話ではない。
飛べないのに、どうして木に登れる?
飛ぶ能力と、登る能力は別のもの。ヤンバルクイナは体重に対して翼の面積が小さく、翼を動かす胸の筋肉もあまり発達していない。一方、脚の筋肉は発達し、地面を走る身体を支えている。[5]
骨格にも手がかりがある。胸骨の「竜骨突起」は、飛翔に関わる筋肉の付着部。飛べる近縁種と比べてこの突起が小さく、身体のつくりからも地上生活への適応が読み取れる。[5]
獣医師の視点|翼だけを見るのではなく、骨・筋肉・運動をつなげて考える。木へは傾いた幹を登って到達することが報告されており、樹上にいることは飛翔の証拠ではない。[6]
なぜ飛翔を失ったのか。地上に食物があり、強い捕食圧が小さかった島の環境で、飛ぶための身体を維持する必要が減ったという説明が考えられている。進化は鳥が意志で翼を「捨てた」出来事ではなく、世代を重ねた変化だ。[2]
一日をどう過ごし、どんな声で鳴く?
深い森だけでなく、草地や畑の周辺にも姿を見せる。主に日中に活動し、水辺では水を飲み、水浴びもする。朝夕に地面を動き回る姿と、夜に枝で休む姿を合わせると、一日の暮らしがつながって見える。[12]
姿を見つける前に、声で存在に気づくこともある。展示では、連続する「ケケケ…」「キョキョ…」を縄張りのアピール、「クリリヤー」「キュリリー」をつがい相手を探す声、鋭い「キッ」を警戒の声として紹介している。オスもメスも鳴き、一羽でも、ペアでも声を出す。[12]
観察の視点|声の表記は、人が聞いた音を文字にした目安。鳴き声だけで目の前の個体の気持ちを断定せず、時間帯や相手の有無、前後の行動も記録したい。
なぜ、夜は木の上で休むの?
樹上をねぐらにする行動は、一年を通じて観察されている。1993年の研究では、傾いた幹や枝を利用していた。著者らは、捕食者を避ける行動である可能性を示している。[6]
6.7 m / 12.7 cm
ねぐらの枝の高さ / 枝の直径
いずれも同研究の平均値。今回の2羽の測定値ではなく、すべてのねぐらに当てはまる条件でもない。
観察から考える|僕が想像した「見晴らしのよい木」が選択の理由だったかは、今回の観察だけでは分からない。枝の傾きや太さ、登りやすさにも目を向けると、寝床をめぐる問いが深くなる。
02 / FOOD & BRAIN
食べる技術から、脳の進化へ。
何を食べる? なぜ小石まで飲み込む?
カタツムリ、昆虫、ミミズなどの小動物に加え、果実や種子も食べる雑食性。施設の食性展示が面白いのは、食べ物の一覧だけでなく、胃の中に残ったものから暮らしを読み解いていることだ。[12]
2018年の論文は、2008〜2014年に集めた死亡個体189羽の筋胃内容物を調べた。全個体を対象とした出現頻度は、腹足類(カタツムリなど)が89.4%、小石が98.4%。[10]
腹足類が見つかった個体 89.4%
小石が見つかった個体 98.4%
分母は調査した189羽。「食べた量の89.4%がカタツムリ」という意味ではない。展示の94.3%・98.6%は、論文では成鳥140羽の値に対応する。
獣医師の視点|砂肝は、食べ物を砕く器官。
鳥の胃には、消化液を分泌する腺胃と、厚い筋肉で食物をすりつぶす筋胃(砂肝)がある。飲み込んだ小石は、その機械的な消化を助ける。ヤンバルクイナでは、カタツムリの殻の粉砕にも役立つ可能性が論文で考察されている。[10]
ただし、死亡個体の調査には採集場所や死因の偏りがあり、硬い殻は消化後も残りやすい。胃内容物だけで、好みや日々の摂取量のすべてが分かるわけではない。
カタツムリの殻は、どうやって割る?
昆虫や甲殻類、両生類などの小動物を食べる鳥だが、食べ物の硬さを克服する行動も面白い。[1]
2017年の研究では、カメラで識別した4個体すべてに、カタツムリをくわえ、地面に露出した石へ繰り返し打ちつける行動が確認された。殻を壊すことで、丸飲みできない大きなカタツムリの中身も食べられる。[7]
① 殻の入口をくちばしでくわえる
↓
② 固定された石に殻を打ちつける
↓
③ 殻の中の軟らかい部分を食べる
獣医師の視点|「何を食べるか」に加えて、「どう食べられる形にするか」を見る。くちばしの形と採食行動を組み合わせて理解すると、食性の説明が立体的になる。
飛べないクイナは、脳が大きい?
飛べないクイナ類は、飛べるクイナ類より、体重に対して脳が大きい。2022年の比較研究は、ヤンバルクイナを含むクイナ類の頭骨をCTで調べ、頭蓋内の空間から脳の形と大きさを推定した。体重と系統関係を考慮しても、飛べない種で相対的な脳の大きさが有意に大きかった。[9]
比較で分かったこと
無飛翔性と、相対的に大きな脳との関連。
進化を説明する仮説
飛翔に伴う軽量化の制約が緩み、大きな脳を維持しやすくなった可能性。
行動との接点
地上の多様な食物を探し、硬い殻を処理する暮らしが、認知行動の進化に関わった可能性。
台石を使う採食行動は、この仮説を考える具体的な手がかりになる。ただし、脳の大きさは知能検査の点数ではない。飛べなくなったことが脳を大きくしたのか、島での生活が関係したのか、その順序と因果関係は未解明だ。高度な認知行動が進化した「可能性」として読むのが適切だ。[9]
獣医師の視点|翼、脚、消化器、脳を一つの暮らしのなかで見る。「飛べない」という特徴が、身体の欠落ではなく、別の能力や環境との関係として見えてくる。
03 / REPRODUCTION & CONSERVATION
次の一羽が、この森で生きるために。
眠る場所が木なら、巣も木の上?
ねぐらと繁殖の巣は、役割が違う。繁殖期は4〜7月で、巣は地上に造り、一度に3〜5個の卵を産む。[1]
黒いヒナは孵化後ほどなく歩き出す。けれど、歩けることと親の保護が不要なことは同じではない。[5]
2021年の調査では、巣へ侵入したヘビに親鳥が脚を乗せる場面と、その後、巣の外に出た3羽のヒナが記録された。研究者は捕食を回避する行動と考えている。雌雄が抱卵を交代する様子も撮影された。[8]
獣医師の視点|成鳥・卵・ヒナでは、危険にさらされる場所も異なる。樹上のねぐらを守るだけでなく、地上の巣や親子が移動する環境まで含めて考えたい。
枝でじっとしていたら、熟睡している?
今回、初めて見たのは、夜に木の上で過ごす野生の姿だった。ただ、写真に写る静止姿勢から、睡眠の深さやその個体の体調まで判断することはできない。
獣医師の視点|「見えたこと」と「そう考えたこと」を分けて記録する。枝に立っていた、頭に雨粒があった。まずは観察した事実を残し、そのうえで休息という行動を考える。
雨に濡れた姿に感動したことと、その身体が健康かどうかを評価することも別の話だ。一枚の写真に答えを求めすぎず、時間を通した姿勢や行動の変化など、複数の情報を重ねる目を持ちたい。
何が、この鳥の暮らしを脅かす?
かつての展示には、個体数が減り、生息域が北へ縮んだ経過が並ぶ。一方、外来捕食者への対策に伴い、分布の回復も確認されてきた。それでも環境省第5次レッドリスト(2026年公表)の評価は、絶滅危惧IA類(CR)。回復の兆しと、絶滅の危険が高いことは両立する。[1][12]
展示で区別されているのは、もともと島にいるハブやカラスと、人の活動によって持ち込まれたマングース、野外を徘徊するネコやイヌ。後者は、飛んで逃げられない鳥に新たな捕食圧を加える。生ごみなど、人の暮らしが捕食者の数や行動に影響する問題もある。[12]
保全の視点|捕食する動物を一律に「悪者」にするのではなく、人が変えた環境を見直す。ペットを捨てず、放し飼いにせず、餌やごみを野外に残さない。道路や森を含め、危険の原因へ働きかけることが必要だ。
道路は、なぜ危険な場所になる?
飛べない鳥は、道路も脚で渡る。路肩や側溝には餌となる小動物が集まり、採食の場所が事故の危険と重なる。小さなヒナには、落ちた側溝の壁が越えられない障害にもなる。[12]
対策は、柵を立てるだけでは終わらない。柵で飛び出しを防いでも、森の両側を行き来できなくなれば生活の場所が分断される。展示では、道路下の通路(アンダーパス)と、側溝から脱出するための斜路や段差を組み合わせた対策が紹介されていた。[12]
旅人にできること|とくに朝夕や雨の日は、道路脇にも注意して、すぐに止まれる余裕を持つ。写真を撮るために鳥を道路へ誘い出すことはしない。
獣医療と飼育下繁殖は、何を守る?
一羽の治療から、種の未来へ。施設の展示では、飼育下での保全を「健康管理」「繁殖」「遺伝的多様性」「生態研究」「野生復帰」の五つの仕事として紹介していた。[12]
① 健康を保つ。診察や外傷の治療に加え、食事、飼育環境、病気の予防を整える。新たな野生個体を受け入れる際には検疫・隔離を行い、既存の飼育群への影響も考える。
② 次世代を育てる。雌雄の相性を観察し、落ち着いて繁殖できる環境を用意する。必要に応じて人工孵化や育雛の技術を使う。血統を管理し、特定の家系だけに偏らないよう遺伝的多様性を守る。
③ 森で暮らす力につなげる。季節ごとの体重変化や栄養、成長を調べ、採食など野生で生きるための行動を確かめる。放鳥後も追跡し、生活や繁殖を評価する。展示が示すのは、単に数を増やす以上の仕事だ。[12]
2021年には、飼育下で生まれて放鳥された個体が、野外で繁殖を始めたことが報告された。治療や飼育下繁殖を、生息地の安全と結びつけて考えることが欠かせない。[8]

この夜の続きを、森に。
環境省第5次レッドリストで、ヤンバルクイナは絶滅危惧IA類と評価されている。外来捕食者への対策が続くなかでも、交通事故などの脅威が残る。[1]
森を訪ねる僕たちも、その暮らしと無関係ではない。移動する車の速度も、観察するときの距離も、目の前の一羽につながっている。
雨の中、木の上で生きていた2羽。あの姿を写真に残せたことと同じくらい、その後もこの森で夜を過ごしていてほしいと思う。


