「動物園の獣医師になりたいけれど、どうやって就活を進めればいいの?」
そんな疑問を抱く獣医学生は少なくありません。小動物臨床や公務員獣医と比べて、動物園獣医師の就活は情報が限られており、試験内容やインターンの重要性がわかりにくいのが現状です。
本記事では、実際に動物園獣医師の方々に取材した内容をもとに動物園獣医師の仕事内容や求められる資質から、採用試験の流れ、インターンで得られる経験、入職後のキャリアや待遇、将来性までを徹底的に解説します。これから動物園でのキャリアを目指す方は、ぜひ参考にしてください。
動物園獣医師とはどんな仕事か

動物園獣医師の仕事は、犬や猫を扱う小動物臨床とは大きく異なります。対象動物の種類や業務の幅広さ、さらに組織での役割の多様さが特徴です。ここでは、具体的な仕事内容と求められる資質について見ていきましょう。
動物園獣医師の仕事内容と他職種との違い
動物園獣医師は、犬や猫を診る小動物臨床とは異なり、哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類など幅広い動物を対象とします。業務は病気やけがの治療にとどまらず、予防医療・栄養管理・繁殖計画・感染症対策・法定伝染病への対応など多岐にわたります。
また、動物園という組織の一員として、飼育員や事務スタッフ、教育普及の担当者と連携しながら業務を進める点も特徴です。動物園は地域社会に向けた教育や保全活動の役割を担っているため、単に獣医療を提供するだけでなく、「動物園の存在意義を支える医療職」としての責任があります。
さらに、小動物臨床と大きく異なるのは「十分な検査ができない環境」であることです。頻繁に採血や画像検査を行うことが難しく、非接触で行える視診・問診・糞便検査などの基本的な観察が診断の要になります。検査を行う場合も、ハズバンダリートレーニングや保定、麻酔といった手法が必要ですが、それでも限界があるため、仮診断を立てて試験的に治療を進めることも少なくありません。
血液検査では基準値が存在しない動物も多く、同じ個体の健康時データや他個体との比較が重要になります。こうした制約の中で最適解を探るのが、動物園獣医師ならではの難しさであり、やりがいともいえます。
動物園獣医師に求められる資質(探究心・創意工夫・体力・コミュ力など)
動物園で扱う症例は前例が少なく、教科書に載っていないことも多いため、強い探究心と柔軟な発想力が必要です。治療の再現性が低い場面もあり、状況に応じたアドリブ力が問われます。
また、大型動物や猛獣を扱う現場では体力が欠かせず、感染症リスクや事故への備えも重要です。さらに、飼育員や他職種との連携が日常的に求められるため、コミュニケーション能力も必須となります。動物が好きであることはもちろんですが、「チームで動物園を支える姿勢」を持つことが長く続けるうえでの鍵となります。
採用試験・採用までの流れ

動物園獣医師を目指す上で、最も気になるのが「どうやって採用されるのか」という点です。公務員獣医や小動物臨床とは異なり、試験の実施時期や内容、応募方法が園ごとに大きく異なるのが特徴です。ここでは、受験資格から試験の流れまでを整理して解説します。
受験資格に必要な条件
動物園獣医師の応募には、獣医師免許(見込み可)が必須です。さらに、多くの園では自動車運転免許を求められることがあり、マニュアル車の運転が条件になる場合もあります。
水族館併設の施設などでは潜水士の資格が評価されることもあり、勤務地や業務内容に応じた追加資格が重視されます。
試験の時期と公募情報の収集方法
試験は園ごとに時期が異なります。9月〜12月頃に行われるケースが多いですが、春先や年中公募を行う園も存在します。国試の勉強と重なる時期になることもあるため、スケジュール調整が重要です。
公募情報は各動物園・水族館のホームページや、SNS上の専門アカウントで収集するのが基本です。希望する園の公式HPを定期的にチェックし、早めに動くことでチャンスを逃さずに済みます。
試験科目と選考プロセス(筆記・小論文・面接・倍率)
選考プロセスは、書類選考に加えて筆記試験(一般教養・専門問題)や小論文、面接が基本です。園によってはSPIのような適性検査が導入されることもあります。
倍率は園や年度によって大きく変わります。人気園では高倍率になる一方、地方園は比較的低めの傾向があります。いずれにしても、動物園獣医師という職の希少性から、安易に合格できるわけではありません。
新卒と中途の違いと履歴書準備の重要性
新卒と中途で選考フロー自体に大きな差はありませんが、即戦力を求められる傾向が強く、中途採用の方が有利とされることもあります。
小動物臨床の就活と違い、履歴書は「一般企業レベル」の完成度が求められます。志望動機や経験を丁寧にまとめることが重要で、指導教官や先輩に添削を依頼すると安心です。
インターン・職場体験はどう活かせるか

動物園獣医師を目指す学生にとって、インターンは採用試験と並んで気になる要素のひとつです。小動物臨床では「実習経験がそのまま採用につながる」ことも多いですが、動物園の場合は少し事情が異なります。ここでは、インターン制度の実態や応募方法、採用への影響について解説します。
インターン制度と実施時期の特徴
多くの動物園ではインターンや職場体験の制度を設けています。実施時期は夏休みなどの長期休暇が中心で、期間は1〜2週間が一般的です。ただし、OSCEやCBTを通過していない段階では飼育体験にとどまることが多く、診療補助に関われるのは一定の基準を満たしてからとなります。
応募方法と情報収集の進め方
インターンの募集情報は大学経由で案内されることもありますが、多くの場合は各動物園の公式HPや問い合わせフォームを通じて、学生自身が直接応募する必要があります。希望する園があるなら、定期的に公式サイトを確認するのはもちろん、問い合わせフォームやメールで連絡してみることも有効です。
また、インターンの募集は短期間で締め切られることもあるため、早めの行動と継続的な情報収集が鍵になります。SNSで「動物園 獣医師 インターン」といったワードを検索したり、現役の先輩や指導教員から紹介してもらうケースも少なくありません。園によって応募条件や受け入れ時期は大きく異なるため、複数のルートで情報を集めておくことが安心につながります。
インターンで体験できる業務内容
インターン中は、獣医師の診療補助や簡単な検査、白血球塗抹のカウント、解剖の補助、入院動物の処置などを経験できることがあります。加えて、餌作りや飼育補助といった作業を通して、獣医療以外の園務も体験できます。
園によってはビデオ教材の視聴や座学的な時間もあり、現場ごとの特色が出やすいのが特徴です。
インターン経験が採用に与える影響
インターン経験は採用に直結するわけではありませんが、面接で必ず話題に上がるため有利に働きます。
「どの園で、どんな特徴を学んだか」を説明できることが重要です。特定の園だけに絞らず、複数のインターンに参加して比較しながら経験を積むと、採用後の適応力にもつながります。
動物園選びで注意すべきポイント
インターン先を選ぶ際には、規模が大きく獣医師の人数が多い園を選ぶのがおすすめです。
大規模園では学べる症例が多く、シフト体制も整っているため学びやすい環境があります。逆に、小規模で獣医師が一人しかいない園は「ワンオペ」になりがちで、相談できる相手がいないことも。経験を積むまでは避けた方が安心です。
学生時代にどんな準備をしておくべきか

動物園獣医師を目指す上で、学生時代の過ごし方は大きなカギになります。幅広い知識が必要とされるため、授業・実習での学び方や就活に直結する活動の選び方が重要です。
ここでは、採用試験対策を含めて学生時代に取り組むべき準備を整理します。
役立つ授業や実習
動物園では、臨床だけでなく病理・解剖・寄生虫学といった基礎系の知識も幅広く求められます。診療対象が多様なため「この科目だけで十分」ということはなく、総合的な基礎力が重要です。
病理は死亡個体の解剖で原因を探る際に、解剖学は外科処置や投薬ルートの理解に、寄生虫学は野生動物由来の感染症対策にそれぞれ直結します。さらに臨床科目の知識は繁殖管理や鎮静下処置など、日常業務に欠かせません。
つまり動物園獣医師は、基礎と臨床を横断的に活かす職種であり、学生時代に幅広く学んでおくことが将来の大きな武器になります。
試験対策に必要な知識と勉強法
採用試験では一般教養に加え、感染症・繁殖・臨床分野の問題がよく出題されます。特に「飼育ハンドブック」は飼育員向けの試験でも使用される定番資料で、押さえておくべき一冊です。さらに、JAZAが発行する感染症の手引きや獣医学教育コアカリキュラム(国試AB問題レベル)の内容も復習しておくと安心です。
ただし、試験問題の傾向は園ごとに大きく異なります。ある園では感染症や法令に重点が置かれる一方で、別の園では病理や繁殖に関する問題が中心になることもあります。そのため、実際に受験した先輩や知り合いを通じて情報を集めることが最も効果的な対策です。園の雰囲気や重視される分野を事前に知っておけば、学習の優先順位をつけやすくなり、効率的な準備につながります。
学生時代に経験しておくべき活動(実習・学会・バイト)
動物園インターンに加え、野生動物医学会などの学会発表・参加経験は大きなアピールポイントになります。
また、エキゾチック動物を扱うバイトや実習も評価されやすく、都市部では動物園でのアルバイトのチャンスがある場合も。地方在住で難しい場合は、大学経由の実習を最大限活用するのがおすすめです。
就活に役立つ書籍や資料
就活対策として有用なのは「飼育ハンドブック」「JAZA感染症ハンドブック」のほか、海外の野生動物関連書籍や「エキゾチック診療」「獣医内科学」「スモールアニマルサージェリー」など臨床寄りの定番書も参考になります。
高額な専門書は図書館や研究室での活用を検討すると良いでしょう。
新卒と民間経験後での採用における違い
新卒でも採用されるチャンスはありますが、動物園は即戦力を求められる場面が多く、中途採用や民間臨床を経験した獣医師の方が有利に働くこともあります。
近年は「小動物臨床で数年経験を積んでから動物園へ」というキャリアパスも一般的になっています。
入職後にはどんな研修やキャリアパスがあるか

動物園獣医師として採用された後は、どのような研修を受け、どんなキャリアを積んでいくのでしょうか。
小動物臨床や公務員獣医と比べても業務の幅が広いため、入職後の学び直しやスキルアップの機会は豊富にあります。ここでは、研修内容からキャリアパスまでを整理します。
新人研修の内容と期間
新人研修は園や運営形態によって異なります。自治体が関与している園では、公務員研修と同様に座学や現場実習を組み合わせたプログラムが行われることもあります。
一方で民間委託の場合、園独自の研修にとどまるケースもあります。いずれにしても、入職後すぐに臨床に入るのではなく、飼育現場を理解するところからスタートすることが多いです。
専門資格やスキルアップの機会
動物園獣医師は多様な動物を扱うため、関連する資格を取得する機会も多くあります。水族館を兼ねる園では潜水士が必須になることもあり、また重機やフォークリフト、チェーンソーといった現場作業用の資格を取ることもあります。
さらに、麻薬取扱資格や輸入動物関連の手続きに必要な資格など、医療以外のスキルも求められるのが特徴です。セミナーや学会参加の費用を園が負担してくれる場合もあり、継続的にスキルアップできる環境が整っていることもあります。
他機関への出向や研修制度
国内外の動物園や研究機関に出向し、特定の動物や治療技術を学ぶ機会もあります。
例えば大型草食動物の削蹄研修や、海外園での麻酔・繁殖管理の実地研修などが挙げられます。動物の貸借契約に伴い、他園の獣医師と共同で診療にあたることもあり、園をまたいだ交流や学びが得られる点は大きな魅力です。
キャリアパスと昇進・異動の例
動物園獣医師のキャリアパスは、一般的には獣医係長から飼育課長、さらに園長へと昇進するルートがあります。
また、診療部門から教育普及部門や管理部門へ異動するケースもあり、園全体の運営に関わる道も開かれています。海外研修経験や語学力を持つ獣医師は、国際的なやりとりや学会発表などで活躍の場を広げることも可能です。
離職率は高くなく、長期的にキャリアを積む人が多いのも特徴です。
動物園獣医師の働き方と待遇はどうか

動物園獣医師の仕事は、多彩な動物を相手にするやりがいがある一方で、勤務時間や待遇面では特殊な点も少なくありません。勤務地の決まり方や勤務スケジュール、給与水準などを事前に把握しておくことで、働き方のイメージがつかみやすくなります。
ここでは、動物園獣医師の働き方と待遇について整理します。
勤務地の決まり方と転勤の頻度
勤務地は基本的に園や自治体の都合で決定され、本人の希望が必ずしも優先されるわけではありません。
ただし、離島や特殊な環境では既婚者を避けるなど、ある程度の配慮が行われることもあります。転勤は公務員獣医に比べて頻度が少なく、長期的に同じ園で勤務するケースが多い傾向です。
1日のスケジュール例と季節ごとの違い
動物園獣医師の1日は、朝のミーティングから始まることが多いです。その後、入院動物の管理や検査、麻酔下での処置や解剖、事務作業を並行して行います。午後も処置や報告業務を続け、夕方までに現場作業を終えるのが基本です。
ただし、担当動物の急変や法定伝染病の発生などがあれば、残業や深夜対応も発生します。特に夏場は熱中症や感染症の対応が多く、冬は高齢動物の体調管理や鳥インフルエンザ対策で忙しくなり、季節ごとの変動が大きいのも特徴です。
勤務時間と残業の実態
基本的な勤務時間は1日8時間ですが、突発的な処置や緊急対応により残業が増えることも少なくありません。
猛獣や大型動物の処置ではスタッフ全員の協力が必要になるため、長時間拘束される日もあります。深夜に居残り対応を行うケースもあり、体力的な負担は小動物臨床に劣らないハードさがあります。
給与・昇給・賞与の目安
給与は園の運営形態によって異なりますが、公務員準拠で設定されることが多く、みなし公務員として扱われる場合は地方自治体の給与水準に準じます。賞与は年2回支給されることが一般的ですが、昇給額は比較的少なめです。
指定管理の園では、給与が抑えられるケースもあります。役職手当が付与される場合はありますが、病院や製薬企業と比べると給与面での厚みは期待しにくいのが実情です。
福利厚生と休暇制度
福利厚生は自治体運営か民間委託かで差があります。年間休日は109日程度が目安で、有給休暇に加えリフレッシュ休暇制度を設ける園もあります。盆や正月は休園日が少ないため勤務になる場合が多いですが、手当が支給されるケースもあります。
住宅補助は基本的にありませんが、離島勤務では支給される場合があります。福利厚生クラブへの加入など、一般企業に近い制度を導入している園もあります。
動物園獣医師のやりがいと大変さは何か

動物園獣医師の仕事は、希少動物を守るという特別な使命を持ちながらも、日々の診療や飼育管理では多くの困難に直面します。ここでは、現場で感じるやりがいや大変さについて整理します。
動物の回復や来園者の反応が大きなやりがいになる
病気やけがをした動物が回復していく姿を見届けることは、動物園獣医師にとって大きな喜びです。また、動物を大切に思うファンや常連の来園者から感謝の言葉をもらえることもあり、社会的な意義を実感できる瞬間でもあります。
さらに、限られた情報の中で治療法を工夫し、成果を出せた時の達成感はこの仕事ならではのやりがいです。
データ不足と再現性の低さが大きな壁になる
一方で、多種多様な動物を対象とするために臨床データは限られ、治療の再現性が低いのが現実です。血液検査や病理の解釈も難しく、試行錯誤が常に求められます。
さらに、大型動物や猛獣の診療では安全確保が最優先となるため、獣医師の裁量で自由に診療できない場面も少なくありません。
身体的・精神的な負担が大きい
動物園獣医師は体力勝負の仕事でもあります。大型動物の鎮静や解剖、長時間の残業対応などで体に大きな負担がかかります。また、感染症のリスクや猛獣による事故の危険性など、精神的な緊張を強いられる場面も多々あります。
SNSやメディアを通じた批判や炎上が発生することもあり、プレッシャーは決して小さくありません。
向いている人は探究心と柔軟性を持つ人
このような環境で長く働き続けるには、幅広い動物への好奇心と探究心、そして臨機応変に対応できる創意工夫の力が不可欠です。加えて、飼育員や来園者との円滑なコミュニケーション能力も求められます。
動物園獣医師は、まさに「好き」を原動力にしなければ続けにくい仕事だといえるでしょう。
動物園獣医師の将来展望はどうか

近年、動物園を取り巻く環境は社会の価値観や動物福祉の観点から大きく変化しています。獣医師の需要や役割も時代とともに進化しており、今後のキャリアを考える上で押さえておくべきポイントがあります。
動物福祉の高まりによる人員減少の可能性
国内外で動物福祉への意識が高まる一方、飼育基準が厳格化したことで、新たに導入できる動物種や頭数が制限される傾向にあります。その結果、動物園全体の規模が縮小し、獣医師の採用枠も減少する可能性があります。
特に地方の園では、この影響が顕著になると考えられます。
希望者の減少と定員割れの現実
一方で、動物園獣医師を目指す学生の数は減少傾向にあります。飼育実習で定員割れが見られることもあり、仕事のハードさや給与面での課題が敬遠される要因となっています。
そのため、志を持って挑戦する人にとってはチャンスが広がっているともいえる状況です。
畜産・公衆衛生分野からの影響は限定的
畜産や公衆衛生の新しい取り組みが直接的に動物園に大きな影響を与えることは少ないものの、感染症対策の分野では連携が強まっています。
特に鳥インフルエンザや新興感染症への対応では、社会的関心も高く、研究協力や治療薬開発に関わる機会が増える可能性があります。
動物園獣医師を目指すなら「幅広い学び」と「能動的な行動」が鍵
動物園獣医師は、臨床から病理、繁殖、感染症管理に至るまで、獣医学の知識と技術を総合的に活用する数少ない職種です。就活ではインターン参加や人脈を通じた情報収集が大きなアドバンテージとなり、採用後も多様な研修や資格取得を通じて成長を続けることができます。
一方で、給与水準や労働環境のハードさ、データ不足による診療の難しさといった課題も抱えています。それでもなお、多様な動物の命を守り、来園者に感動を届けるやりがいは何ものにも代えがたいものです。
これから動物園獣医師を目指す学生は、幅広い基礎学習を大切にしつつ、実習やインターン、学会発表などの経験を積極的に重ねましょう。そして、受け身ではなく能動的に動き続ける姿勢こそが、この道を切り開く最大の武器となります。
コメント